その日の朝、息子は泣いていた
土曜日の朝、まだ6歳だった息子の健太は目に涙をためて私の前に立っていました。「パパ、補助輪なしで乗れるかな…。みんなはもう乗れてるのに」と小さな声で言いました。
前の週、近所の公園で同い年の友だちが補助輪なしで颯爽と自転車を乗り回しているのを見て、健太は帰り道ずっと黙ったままでした。その悔しさと不安が、この朝にこぼれ出てきたのです。
「一緒にやってみよう」という一言
私はその日の午前中、仕事の資料を仕上げるつもりでいました。でも息子の赤い目を見たとき、資料のことはどうでもよくなりました。「じゃあ今日、一緒に練習しよう」と言うと、健太の顔がパッと明るくなりました。
近所の広場に向かいながら、私は自分が子どものころ、父に自転車の練習を手伝ってもらったことを思い出しました。あのときも転んで泣いて、それでも父がずっと隣にいてくれた。気づけば、同じ場面が繰り返されていました。
転んでは立ち上がる、を何度でも
最初のうちは、私が後ろのサドルを持ちながらゆっくり走りました。健太は必死にハンドルを握り、目線を前に向けようとしていました。途中で何度か転びましたが、泣くことはありませんでした。転ぶたびに「大丈夫、もう一回!」と自分で立ち上がっていました。
2時間ほどが過ぎたころ、私は静かにサドルから手を離しました。健太はそのまま自転車を走らせ続け、5メートル、10メートル…そして振り返ったとき、「パパ、持ってないじゃん!」と叫びました。
あの瞬間の顔を、一生忘れない
健太がブレーキをかけて止まり、こちらを見た顔——あれは私がこれまで見た中で一番輝いていた表情だったと思います。恥ずかしながら、私は目頭が熱くなりました。「やった!できた!」と飛び跳ねる息子を抱きしめながら、子育てって、こういう瞬間のためにあるんだなと感じました。
子どもの「できた!」に立ち会うということ
親として、子どものすべての「初めて」に立ち会うことはできません。でも、できる限りそばにいて、見守り、失敗したときに「もう一回やってみよう」と言い続けること——それが親の役割なのかもしれません。
あの日の健太は今も自転車が大好きで、今では私より速く走ります。あの補助輪なしの初日が、私たちにとっての特別な記念日になっています。